松江地方裁判所浜田支部 昭和47年(ワ)23号 判決 1973年9月28日
原告 伊藤一男
<ほか四名>
右原告五名訴訟代理人弁護士 野玉三郎
同 中村愈
被告 山本光重
<ほか二名>
右被告三名訴訟代理人弁護士 開原真弓
主文
被告らは、各自原告らに対し、各金三〇万五一一四円及び内金二七万五一一四円に対する昭和四七年八月九日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各連帯負担とする。
この判決の原告ら勝訴の部分は、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告ら
被告らは、各自各原告に対し金七一万二四円及び内金六七万二四円に対する本訴状送達の翌日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行宣言。
二 被告ら
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二主張
一 原告らの請求原因
(一) (当事者)
原告伊藤一男は訴外亡伊藤千代の二男、原告伊藤茂男は三男、原告児玉昭子は長女、原告伊藤稔は四男、原告伊藤健は五男であり、原告ら五名が訴外亡伊藤千代の相続人である。
被告山本光重は犬(コリー種)の飼主であり、被告山本昭一は訴外山本厚子(昭和三八年六月一五日生)の親権者父、被告山本貞女は同母である。
(二) (本件事故の態様)
昭和四七年五月一〇日午後六時一〇分頃、伊藤千代(当七三年)が浜田市長浜町四町内一四六六番地先産業道路南側歩道を東から西に向って散歩中、山本厚子が体重四〇キログラム以上もある大きな犬(コリー種)、(以下単にコリー犬という)を連れて右路上に出て来たので、犬のきらいな右千代がこれを避けて車道を海岸の方に斜めに歩いていたところ、右コリー犬が右厚子を引きずって千代の方に向って来、千代の目と鼻の先ぐらいに近寄りさらに千代の体に触れようとして突然前足をあげて迫ったため、千代はかみつかれると思ってとっさに後ずさりして逃げようとして転倒し、右大腿骨頸部骨折の傷害を負った。
千代は直ちに中村整形外科病院に入院し加療したが、右傷害により従前から有していた軽い糖尿病が著明な悪化をきたし、その結果五月一九日午後から糖尿病性昏睡におちいり、遂に同月二三日死亡するに至った。
(三) (被告らの責任)
被告山本光重は、コリー犬の占有者であるから民法七一八条により右犬が加えた損害を賠償する義務がある。
山本厚子は八才の幼児であって、かかる大きな犬を一人で連れ歩くときは他の人に飛びかかるなどして危害を加えるときこれを完全に制することはできないのであるから、一人でこのような犬を連れ歩かないようにする注意義務があり、この義務を怠ったため本件事故が発生したものである。しかしながら、右厚子は八才の幼児であっていまだその行為の責任を弁識するに足る知能を具えていないので民法七一二条により賠償の責に任じないことになり、右厚子を監督すべき義務のある親権者被告山本昭一、同貞女は民法七一四条一項により本件事故に基く損害を賠償する義務がある。
しかして被告らは共同不法行為者として民法七一九条に基き各自連帯して損害賠償の責に任ずべきものである。
(四) (損害) 総合計 三五五万一二四円
1 療養費 合計 四万二六二四円
イ 入院治療費 二万三九〇四円
ロ 入院雑費 三〇〇円×一三(日) 三九〇〇円
ハ 付添費 一万四八二〇円
2 慰藉料 合計 三〇〇万円
原告らの母亡伊藤千代は軽い糖尿病があったとはいえ、至って元気で大川クリーニング店の取次店をしていたほどである。
原告らは本件事故により母をうしない、しかもこれに対し被告らは責任のがれの言辞を弄するだけで謝罪の言葉もなく、誠意は全くみられず、原告らの精神的苦痛は大きいので、これに対する慰藉料は合計三〇〇万円が相当である。
3 葬儀費 合計 三〇万七五〇〇円
4 弁護士費用 合計 二〇万円
被告らは本件事故に関し、責任のがれの言辞を弄するのみで、全く誠意を示さないので、原告らはやむなく弁護士に事件処理を委任し、着手金として一〇万円、謝礼として取立額の一五%を支払う約定をしたが、少なくともそのうち着手金一〇万円および謝礼内金一〇万円合計二〇万円は被告らが負担すべきである。
(五) よって被告らは、各自各原告らに対し金七一万二四円および内金六七万二四円に対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払う義務がある。
二 被告らの答弁及び抗弁
(一) 答弁
1 請求原因(一)の事実は認める。
2 同(二)の事実中、原告主張の日時頃、同場所を山本厚子がコリー犬をつれて散歩中、伊藤千代に出会った際、同人は軽く尻もちをついて傷害を負ったこと及び伊藤千代が死亡したことは認めるが、その余の点は争う。
伊藤千代の転倒は山本厚子の連れていた犬とは無関係であって、本件事故発生の原因は専ら伊藤千代にある。
3 同(三)、(五)の主張は争う。
4 同(四)の事実は不知。
(二) 抗弁
本件事故は被害者伊藤千代が危険を錯覚し、犬から逃れようとした際、自らつまづいたため発生したものであるが、仮りに被告らに責任ありとするも、被害者の右過失は損害賠償額の算定において相殺さるべきものである。
三 原告らの答弁
被告らの抗弁は争う。
第三証拠≪省略≫
理由
一、原告の請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。
二、同(二)の事実中、昭和四七年五月一〇日午後六時一〇分頃、浜田市長浜町四町内一四六六番地先産業道路において、伊藤千代とコリー犬を連れた山本厚子が出会った際、右千代が転倒して傷害を負った事実及び右千代が死亡した事実は当事者間に争いがない。
そこでまず右千代の転倒の原因について検討するに、≪証拠省略≫によれば、右千代が前記道路の海辺側を東から西へ歩いていたところ、被告山本光重所有の背の長さ一メートル、体重四〇キログラムあまりのコリー犬に、山本厚子が、長さ一メートルほどのビニールの綱をつけ、その綱を持って同道路を西から東へ進むのとすれ違ったが、厚子のあとから約三〇米ほどはなれて歩いてついて来ていた被告山本光重の妻ハズミとすれちがう際、立ち止って少し話をしていたところ、先に東の方に行っていたコリー犬が折りかえして小走りに千代の方に向って来、千代の目と鼻の先位に近づいた折、突然前足をあげたので、性来犬嫌いの千代は、かみつかれると誤解し、とっさに後ずさりして逃げようとして足がもつれて転倒し、その場に尻餅をつき右大腿骨頸部骨折の重傷を負い、直ちに中村整形外科病院に入院したものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
そして≪証拠省略≫によれば、千代は昭和四四年頃より糖尿病にかかっていたところ、本件事故による前記骨折のため、医師の努力にもかかわらず、昭和四七年五月一九日午後より糖尿病性昏睡におちいり、ために同月二二日前記病院において死亡したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
三 (責任)
右認定事実によれば、千代の転倒は、山本厚子のつれていた被告山本光重所有のコリー犬の前記のとおりの行動により惹起されたものであり、右転倒により生じた前記骨折により糖尿病性昏睡におちいった結果、死亡したものと認められるから、コリー犬の行動と千代の転倒、転倒による負傷と死亡との間にはいずれも相当因果関係があるというべきである。
そうすると被告山本光重は犬の占有者として、民法七一八条一項により本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
そして又本件事故は八才の幼児である山本厚子としては、その行動を制御しえないコリー犬(動物は一般に、突如として狂暴性を発揮し、人に危害を加える虞れがある。)を一人で連れ歩くことは避けるべきであるのに、これを怠り、一人で連れ歩いた過失により生じたものといわざるを得ないが、右厚子は当時八才の幼児であって右行為の結果が違法なものとして法律上非難に価することを弁識する精神的能力に欠けているものというべく、責任能力はないものというべきである。してみれば民法七一四条一項により右厚子の親権者として法定監督義務者である被告山本昭一、同山本貞女は右厚子の過失行為により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
四 (過失相殺)
本件事故の態様は前記二で認定したとおりであり、本件事故においては犬種はコリーであり、又コリー犬はうなり声をあげて千代に襲いかかったものでなく、ただ千代の方に小走りに接近し、前足をあげた際、かまれるものと誤解して後ずさりして逃げようとして足をもつれさせて転倒したものであって、右千代にも過失があるものというべきであり、その過失相殺率は四〇%が相当である。
五 (損害)
(一) 療養費
≪証拠省略≫によれば入院治療費は原告主張のとおりであることが認められ、又前記認定のとおり千代は五月一〇日より同月二二日まで中村整形外科病院に入院していたことが認められるところ、一日の入院雑費が三〇〇円を下らないことは当裁判所に顕著なことであるから入院雑費として三九〇〇円を要したものと推認され、≪証拠省略≫によれば千代の付添のために要した費用は一万四八二〇円であることが認められ、右各認定に反する証拠はない。
従って原告らは千代の療養費として合計四万二六二四円を支出していることとなる。
よってこれを前記のとおり四〇%の過失相殺をすると被告らの負担すべき金額は合計金二万五五七四円となる。
(二) 慰藉料
前記認定のとおり原告らは本件事故により母を失ったものであってその精神的苦痛は大きいものと推認される上、被告らにおいて原告らに対し陳謝の意を表さず、ために原告らにおいて態度を硬化させるに至ったことが認められ、その他本件事故の態様、被害者の年令、生活状況、被害者の過失程度等を考慮し、その精神的損害は各原告に対し、各金二四万円(合計一二〇万円)を相当と認める。
(三) (葬儀費)
≪証拠省略≫によれば、原告らは、その主張のとおり金三〇万七五〇〇円を葬儀、仏事等に出費していることが認められ、内金二五万円を社会通念上、本件事故と相当因果関係ある損害と認めるところ、これに前記四〇%の過失相殺をすると被告らの負担すべき金額は合計金一五万円となる。
(四) 弁護士費用
≪証拠省略≫によれば、被告らにおいて損害の賠償につき全く誠意を示さないため、やむを得ず本件処理を原告訴訟代理人に委任し、その報酬として、着手金一〇万円及び取立額の一五%を支払う旨の約定をしたことが認められる。そして本件訴訟に至った経緯、本件事故の態様、認容額その他諸般の事情を考慮すれば、各原告について各金三万円(合計一五万円)を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。
六 (結論)
そうすると原告らの本訴請求は被告らに対し、各原告が各金三〇万五一一四円及び内金二七万五一一四円に対する事故発生の日の後である昭和四七年八月九日(本件記録上、訴状送達の日の翌日であること明らかである。)より支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 下江一成)